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母さんの三十一文字
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今年78歳、まだまだ現役で農業頑張っています。
そんな私の短歌とエッセーです。
よろしかったら読んでください。
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大きな声で

2008/05/10 18:24
若葉がまぶしく光っている。
さわやかな気分でハンドルを握っている私に、
突然夫が、「おいかあさん、どうしたんだ」 と問う。
習慣とはおかしなもので、ハンドルを握ると私は大きな声を出している。

 「私は房子、年齢79歳、安全運転しています。踏み切りいったん停車、
 速度制限守ります。わき見運転いたしません!」

最近車を替えた。
今まで乗っていた軽トラは新車で買った。
「この車の寿命とおれの寿命とどっちが長持ちするかな」
というのが夫の口癖だった、。
夫は86歳。元気に農作業をこなしている。

車はガタがきて中古車に買い替えたのだ。
私はこの車のハンドルを握る時にも、同じように声をかける。
「あなたを運転していた人、丁寧に運転していたのね。ありがとう。
私も大切にハンドルを握るよ。高齢者運転講習も受けたのよ。
私ね、助手席には夫以外の人、誰も載せないのよ」

今日で運転二日目である。
「なぁんだ、そうだったのか、頭がおかしくなったのかと思ったよ」
胸をなでおろす夫。

言葉は大きくはっきりと、が私のモットーである。
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こころの春

2008/03/24 19:56
我が家の白木蓮
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早朝家を出た。県の女性協55周年記念の集いのため、博多の街に出かけた。

夫が襟巻をして木戸口まで見送ってくれた。息子が会場まで送ってくれると言う。

道すがら胸の高まりを抑えることが出来なかった。会場に着くと尚更だ。

若い会員たちの姿が20数年前の自分の姿に相見えて感無量になってしまう。

 この大会の出場要請を受けたのは、一か月くらい前のことだった。今回の

記念の集いに際して、「これまでの県女性協の歴史を振り返って」と題して、

座談会方式でその背景を語ってほしいとのことだった。出し抜けのことで

戸惑った。退任後十数年経っている。しかも数え年80歳の私。随分と迷い

ながらも引き受けてしまった自分に驚いてしまった。

 会場に着くとあふれんばかりの活気が漂っていた。そんなとき、顔見知りの

人に出会い、懐かしさでいっぱいで不安は消えていた。

 当日の他の方の講演も忘れ難い。年老いて大切なこと、それは経済的、

肉体的、精神的にも自立すること。そのためにも心と体を鍛えよう。

更に生きがいを作り、生涯現役であれとも!

 私はそれに加えて、家族と共に生活できる幸せ。そして口数は少ないが

私を深い愛情で見守ってくれる夫に心から感謝している。 八十にしてしみじみ

味わう心の春とでも言えようか。

 帰り待つ夫のためにと選びたる うなぎ二匹は特大にして

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竹ぼうきを持つとき

2008/03/21 18:32
先日、西日本新聞「紅皿」に掲載されました。
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「竹ぼうきを持つとき」

「おばちゃん、おはよう」 Nさんの声だ。「はーい、ただ今!」 と答えて、私は

急いでモンペをはいた。神社の境内の清掃かと思ったら、Nさんの次の言葉は

「川魚を煮たので持ってきたよ。おじちゃん好きだったでしょう」だった。

一年限りの清掃当番だったのにNさんの声を聞くといまだに、あわててしまう。

 それは集落の決め事で、氏神様の祭事の世話を一年間だけ各班ごとに

18年サイクルで行うのである。昨年がその当番だった。

班員は6戸。毎月、1日と15日に境内の掃除を欠かさなかった。

「一年間大変だね」と言い交わしたものだ。

 だが、境内掃除は楽しかった。終えた後に境内を見渡す時のすがすがしさは

何とも言えない。寒い時には日向ぼっこで、暑い日には木陰で茶菓子を囲んで

語らう。腹蔵なく時には涙をため、時には腹を抱えて笑いながら、時間のたつのも

忘れてしまう。

嫁いできて、この行事に参加できるのは普通3回だとも、言われるが、私は4回

参加できた。共同作業って素晴らしい。助け合い、励ましあいの心が自然に培われ、

親密感を味わう。

払い下げの竹ぼうきを手にするとき、しみじみとそう思う。

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心豊かな一年願って

2008/01/22 11:14
2008年の元旦は、東京の娘の家で迎えました。

おとそでほろ酔い加減の私に、娘が「お母さん、11時に出発よ」と言いました。

「初詣に行くの?」と問うと、「ううん、お墓参りよ。我が家のしきたりだから」と答えながら、

身支度を始めました。

 やがて車2台に分乗し、霊園に向かいました。着くとすでに一族の人たちが

集まっていて、墓前は清められ生花や供物も供えられ、線香の煙が緩やかに

流れていました。そして総勢20数人が集まったところで、和やかに新春の挨拶が

交わされました。
 
 そんな中、もう一つの恒例行事が一族にはありました。先祖の墓前で、各家族の

子供たちの成長を報告しあうのです。その後、集まった人たち全員からお祝いの

言葉とお年玉のプレゼントがありました。

 私は感動でいっぱいで、今年も心豊かに過ごせることを墓前で祈りながら

額づいていました。

              (日本農業新聞、女の階段 掲載1/15)
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78歳同士、感動の対面!

2007/12/15 17:14
カーナビが目的地に着いたことを示し、彼女に電話をすると

「門前に出ておりましょう」とのこと。

もうすぐ会える。胸の鼓動は高まります。

「あっ、彼女だ」

私と名前も年齢も同じと聞いていましたが、彼女の若さに驚きました。

 さらに驚いたのは、果樹園の広さ。

1.5ヘクタールの園には愛情たっぷりに育てられた梨やブドウなどが、

たわわに実り、迎えてくれました。

 昼食をご馳走になり、話は尽きません。大都会での果樹園経営の厳しさなども

知ることができました。

ちりひとつ落ちていない園。家族の並々ならぬ努力と心配り、愛情が、来園者の

心身を癒していることを肌で感じました。

 東京に住む彼女と、私との縁を結んでくれたのは「女の階段」です。彼女とは

別れを惜しみながら、再会を誓いあいました。
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娘のこころ

2007/08/27 18:19
知人の結婚式に参列した娘は帰り際に
「お母さんも空港まで送ってきてよ」と出し抜けに言う。
私は、あわてて息子の運転する車に乗った。
「あれ、この道空港へのコースと違うんじゃない」
「あのね、私夕方の便なのよ。時間がたっぷりあるので寄り道するの」

で、着いたところはエステサロンだった。
「お母さんも肌の手入れしてもらったら?もう予約してるのよ。」
唖然とする私に、「たまにはお父さんをあっと言わせたら?」
なんて言って私を引っ張り込んだ。

心地よい気分の中でウトウトし始めていた。
ふと、数十年前、娘が東京在住の折、
「お母さん、お土産は荷物にならないものがいいよね。」
なんて言われ、とことこついて行ったところは、ダンス教室だった。
このハイヒールすべらないのよ。だから大丈夫! と言われダンスレッスンを受けた。
心地よい眠りの中で思い出していた。、

手入れが終わったようだ。満ち足りたさわやかな気分だ。
娘を送り、我が家に帰った。
夫は私を見るなり
「おお、背すじがピーンとなってるね」 と言う。
「あのね、エステサロンに行ったのよ。」 と言うと、
「娘に母さんきれいになって帰ってくるから、楽しみにしてね、でも内緒よ。」
と言われていたらしい。
でも全然変わってないのでがっかりしたよ。
でも一回のエステで美人になったら俺は心配だよ。って、
夫85歳、私78歳二人で大笑いした。

さそわれて カーテン越しに娘と語る
                   エステの気分夢見ごこちに
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仔猫たち

2007/07/10 11:40
 嫌いというのではないが、どうも猫たちとは馴染めないようだ。

だが、結婚当初から猫好きの両親とともに猫との同居生活が始まった。

あれから60年。今もって猫との共同生活が続いている。

 孫が捨て猫を拾ってくる。そして長男までも!

その猫たちが今春仔猫を生んだ。計8匹ともなった。

猫もちゃんと可愛がってくれる者を知っているのか、彼らが帰ってくると

喜んで擦り寄ってくる。私も時折仔猫とたわむれる。

抱いていると心身ともに癒されていることに気づく。

 猫たちの排便用の砂が汚れているので交換しようと思う。

夫は、こんな雨降りの日に買い物に出かけなくても、と外出をしぶる。

いや、こんな日だから!と、雨の中、車を走らせる私。

嫌いじゃなかったのかな、猫。

 梅雨晴れの仔猫の 背なにそれぞれの
            光満ちいて たわむれいるも
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九州国立博物館

2007/05/08 21:00
仏教婦人会結成25周年記念行事として、九州国立博物館を観覧した。

参加者は農家の主婦が大半を占めていた。

期日は四月中旬の農閑期を選んだ。運良く催し物は「未来への贈り物」で

あり、特別展示では「三東省泰山摩崖刻経拓本」があった。

会場のエスカレーターに乗ると、全町30mにおよぶ岩肌に経典が刻まれた

拓本が掲げられていた。

「わぁーすごい」と私は叫んでいた。中国仏教の壮大なスケール、そしてその

拓本をなし得た人は日本人であることも知り感激した。

一字ずつは読めるけど、その書法美を飽かず眺めていた。

「未来への贈り物」、私はこの展示物の数々の心をどう受け継いでゆくべき

かを考えさせられた。

この後、大宰府政庁跡を見学した。大宰府は私達の住んでいる町から車で

一時間足らずの距離だが、都府楼見学はほとんどの人が初めてだった。

展示館では、係りの人が詳しく説明してくれた。都府楼が九州最大の政治の

中心地として、防衛、外交の拠点だったこと、万葉集にも詠われた古代の

ロマン等をも知ることが出来た。

今回は若い人の参加も多く、ともに有意義な一日を過ごしたことを喜び合った。
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ヘリコプターに乗る?

2007/05/04 10:11
ヘリコプターに搭乗しませんか?出し抜けの案内だった。
自衛隊機です、住民に搭乗を許可しているんです。
こんなチャンスはないでしょう。
の言葉に夫が真っ先に返事をした。
「搭乗させてもらいたい」
あわてて私は夫を止めた。
「齢85歳のあなたに許可するわけないでしょう。」
「俺、ずーっと乗っていたんだ、海軍の航空隊員だったから」と胸を張る。
だったら私も一緒に乗りましょう。
すると、
「経験のないものはダメだ、上昇するときプロペラの音凄いんだぞ。」
と突っぱねる。
結局、息子のその友人が搭乗することになった。
そのことを知った孫娘(嫁いでいる)が
「私も乗りたいわ」と言い出した。
「誕生日を迎えたばかりのNちゃんはどうするのよ。」
お姑さんに預かってもらう、ですって!
我が家の住人は揃いも揃って、楽天家だ。
ヘリコプター搭乗と聞いただけで、ルンルン気分になるんだから!
まだ一ヶ月も先のことなのに。
よし、大きな旗を作って振ろうよ。
なぁんて、笑いと幸せを家族に吹き込んだヘリコプター談義でした。
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ひとりごと

2007/03/31 12:26
春とは名のみ。冬とのどんでん返しのような気候不順の折、

今日は珍しく春うらら。

上着を脱いで鉢植えのビオラの手入れを始めた。

「まあ、そんなにうつむかなくても」

「えつ、もう実をつけてるの?」

「つぼみがいっぱいあるのね」

などと、花を摘みながら私は花に語りかけている。

そんな時、葉陰にひっそりとしぼんだ花が不憫でならない。

人の一生も花と同じような気がする。

若い頃はマイペースで生きてきた私に、ビオラはしっかりと

次代を継ぐ種子を育てていることを教えてくれるようだ。

小さな花なのに「すごいね」と、ひとりごと。

 ひとりごとと言えば、私は車の運転をするとき

自分にしっかりと声をかける。

「私78歳、安全運転してまーす」

「黄色信号では止まります」

「制限速度を守ります」

大きな声で確認すると、気持ちがシャンとする。

ぼそぼそでは駄目。

ハートを射るような元気な声でね。。。

ありがとう 大きな声でひとりごと 春風うらら花びらひらり


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両手いっぱいの幸せ

2007/03/18 14:54
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 小雨が降っている。「晴耕雨読」には程遠いが、門班を廻ることにした。

三月は年度末のため色んな行事が山積している。

彼岸の仏事、神社へのおこもり。各種団体の行事など

輪番制の当番が何故か私に集中していた。

私は各戸への伝言書を作り各種の集金袋とメモ帳を持って出かける。

村はずれの家までは長男の車に便乗し、復路に順次訪問と決めた。

こんな日、農家には誰かいる。「お茶でも」と誘われたり

歩いている私に、車を止める人、各人各様の温かい言葉が嬉しい。

畑に居たCさんは、「鳥がキャベツをつっつくとよ」と、こぼしながら

見事に育ったキャベツをくれた。

ブロッコリー、菜の花をくれるFさん。

庭に咲き乱れた水仙、さくら草を仏花にと切ってくれるSさん。

門班を廻り、両の手いっぱいに幸せをもらった。

その幸せを抱きながら門班廻りに乾杯した。


わかち合う心のゆとり門班は物にも人にもやさしくありて



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笑いの種を育てよう

2007/03/18 14:06
病院に入院中の叔母を姉妹で見舞った。

叔母との対面は久しぶり。妹が叔母の顔を覗き込み

「私わかる?」と聞くと、91歳の叔母は少しけげんそうな

顔をしていたが、急に自分の鼻をツーッと押し上げ、

ブーブーと言った。養豚業を営む妹のことが分かったらしい。

「私は?」と聞くと、そばにあった箸を握り、目を点にして

必至に手を動かすしぐさに、私たちは声を上げて笑った。

叔母も大きな口を開けて笑う。

私たちの愛する叔母の姿がそこにあり、私たちは

叔母の肩を抱き合い喜んだ。

看護婦が話してくれた。

入院当初はおとなしい人だったので心配しましたが、

昨年のクリスマスパーティーでは、「マツケンサンバ」を

歌い踊ったんですよ。とっても楽しい人ですね。

ホールの前の壁に写真を飾っているので見てください、と。

実母を早くなくした私たちには、明るい叔母にどれだけ

支えられてきたことか。

帰路、曲がりくねった険しい高原の道だったが、とても爽やかな気分だった。

私は、ふと叔母から「笑いの種」を貰ったような気がした。

絶対育てよう。

笑いの花って、どんな花が咲くだろうか。


見つめあうその瞳も晴れやかに過ぎたる日日は唯なつかしく

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けんかするほど・・・

2007/03/12 20:05
亡父の命日に、隣町に住む妹と一緒に墓参した。

久しぶりに近況を語りあったとき、妹は「夫婦喧嘩したつよ」とポツリと言う。

えっ、どうして?

妹が冬野菜の出荷準備に追われていたある日、

夫のN君は会議に出掛け帰宅は夕方だった。

N君は早速、着替えて手伝ったのだが、いつになく手さばきがのろい。

出荷時間の締め切りがあるので、気がせいている妹は「もっと早くできんと?」と

続けざまに言ったところ、N君はつーっ立ち上がり「辞めた」と言って家の中に

入ってしまったという。

妹は意地もあり一人で作業をこなし、そろえた野菜を軽トラックに積み集荷所に運んだ。

「野菜を詰めたコンテナの重いこと。一生懸命軽トラックに積んだけど

私の力では無理。腰を痛めそう。帰りみち、このまま実家に帰ろうかとも思ったけど、

両親は居ないしね。」

「じゃあ、我が家に来るつもりだったの」

「姉さんの家は、ちょっと遠いしね」

「結局、家に戻ったんだけど、夫を怒らせたってこと、後味悪いもんね。

そーっと家の中を覗いた見たの。あの人、穏やかな顔でテレビをみていたんだよ」

「ただいまー」って元気よく玄関を開けると「風呂わかしといたよ」と夫の声。

「あら、ありがとうで、私たちの喧嘩は終わり」 笑いながら話す妹の顔はまぶしかった。

やっぱりね 喧嘩はときどきするもんね理解しあえばそれが最高
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美しく輝くとき

2007/03/10 14:12
月曜日の金融センターの待合室は込んでいた。

窓の外を見ると、行きかう人たちは背を丸めている。

前日はサクラの花でも咲きそうな陽光で上着を脱いでも汗ばんだ。

今日は北風びゅうびゅうで、私はマフラーをしっかり巻いた。

「おや、Nさんかな?」足早に玄関に向かってくる人を見た。

やっぱりそうだ。

「Nさん!」と声をかけ、彼女を見て驚いた。

「美しい」上気したNさんの顔は輝いていた。

「誰かと思ったよ。今日は本当に若いね。」

「健康ダンス教室に行ってたの。特訓され、舞台にたつようになったのよ」

汗かいちゃったと笑顔で語る彼女、どうみても80歳とは思えない若さだ。

彼女は、病気の夫をいたわりながら、果樹園の仕事をこなし

家庭菜園も見事である。

 もんぺを穿き、頭巾をかぶり腰をかがめて草をとる彼女の姿は想像できない。

目的を持ってむかうとき、人は輝くのだろう。

「開幕ベルは華やかに」の本を読んだことを思い出した。

彼女は今燃えているんだ、と。

私も家に帰りすぐに鏡に向かった。農婦だから日焼けしても健康色が一番と

自負していたが、「ばあちゃんの健康色」はいただけないと思う。

頬に粉をはたいてみた。夫を誘いドライブでもしようか。

そんな気分になった。

 寒空に 負けじとレッスン励みいる彼女の輝く瞳を見たり



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ヒマラヤ雪の下

2007/03/07 13:58
20年位前東京の娘のところから、持って帰った「ヒマラヤ雪の下」

今年もたくさん咲きました。

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仲間っていいなぁ

2007/03/05 18:08
<我が家の庭に今咲いている木蓮です。>
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「お疲れさまー、遅くなってごめん」私は一時間遅れで現場についた。

 メンバー4人で構成する石けん工房。Nさんはすでに3工程の

固形石けんの原液を型枠に流し込んでいた。

Kさんは大釜に火を入れ粉石けんを作っている。

廃食油はすでにジャム状に煮詰まっていた。

Cさんは固形石けんを型枠から外し、荷姿つくりに余念がない。

私が加わり工房は全員揃った。4人の合計年齢は296歳!!

各自持ち場につきテキパキと作業をこなす。

人員は少数だがうまく作業は稼動する。

私たちの合言葉は「70歳過ぎてもボランティアできるって幸せね!」である。

集まれば話がはずむ。情報交換の場でもある。

Nさんは調理のボランティアで活動のかたわら、パソコン教室にも通っている。

Kさんは三味線の免許取得で博多座の大舞台をも踏むベテランである。

Cさんは、生花の師範でもあり絵画の腕前も抜群だ。

三人三様素晴らしい特技の持ち主で、多忙な日々を送っている。

 休憩時間に「千の風になって」の話題がはずんだ。

Cさんは「亡くなった長男がコーヒーが好きだったので、墓参にはコーヒー入れて

持っていってたけど、彼はお墓には居なかったんだ」と笑って話した。

私はCさんの言葉に胸が熱くなった。

Cさんは続けて語る。「あの歌を聴くと涙がぽろぽろ出るけど、彼が元気に大空を

駆けまわっていると思うと、元気が出ます。心が落ち着きます」と。

千の風になってはどれだけ多くの人々の心の励ましになっている事か。

ともあれ、私は友といつでもどこでもお互いの心の中をさらけ出し語りあえる

幸せを思う。

月に一度くらいの集まりだが、仲間っていいなぁ。


よく似合う友のエプロンほめ合って時折背すじ互いのばせり

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晴れたらいいね。

2007/03/01 18:59
「お母さん、柿の枝は小枝と太い枝を分けて束ねといてよ。ピザ釜に使うから」と、

息子の言葉。

 私は、空の肥料袋を横に10センチ巾に切って、”むすて”を作る。

(むすてとは、束ねるヒモのことである。)

柿の木は燃料にするとよく燃えるし、火力も強く煙も少ない。

昔は殿様の薪、と言われていたそうだ。

私は、せっせと枝を分類しながら束ねていく。

「母さん、枝を切ってくれよ」夫が、大きな声で呼ぶ。

私も負けず大声で、「はぁーい、まかせといて」と言って

脚立に登り、太い柿の間伐枝をノコできる。お母さんと呼ぶ息子。母さんと呼ぶ夫。

私は二人の男性に愛されているんだなぁ。。。

 二月の空はまだ吹く風が冷たいが、今日も夫と連れ立って、柿園に出かける。

夫は防寒着をまとい、腰には剪定バサミとノコを入れたケースをベルトできちっと締めている。

そして、かくしゃくと作業をこなしている。

私は真っ白なブルゾンを着て、空色のウォームアップパンツを穿き、作業用器具の入ったケー

スを腰に下げている。格好だけはどこからみても、若い、と思う。

このようないでたちをすると気分までしゃきっとなるから不思議だ。

 夫85歳、私78歳。二人の作業時間は一日5時間。

私は昨年、脳腫瘍の手術を受けたので、農作業は出来ないだろうと思っていたが、

夫の手伝いを少しずつしているうちに、70アールの柿園の剪定作業をこなすまでになってい

た。
 
 柿園で、脚立の上に立つと、見渡す景色がぐーんと広がる。

この空は、東京まで続いているんだ、そんなことを考えると、孫たちの顔が大空に浮かぶ。

ほんの少し高い脚立に立っただけなのに、何故か夢と希望が湧いてくる。

そして、この年まで働ける幸せを実感するのである。

今日もまた、朝起きると夫と合言葉を交わした。

「晴れたらいいね!」


この空が 明るい希望を生むんだと夫と二人で飽かずながむる


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梅一輪

2007/02/27 19:18
咲いてるよ梅が一輪咲いてるよ 術後にうれし春のおとづれ

昨年のことである。

その頃私は、二週間に一度かかりつけの病院に定期健診に行っていた。

長男が送迎してくれる。道のりは片道約50分。その日も長男の車に乗って、木戸口を出た。

「おーっ、咲いてる。梅が一輪!」あわてて車を止めて家の中に駆け込む。

「お父さん、梅が一輪だけ咲いてます。あんな大きな木に、たったの一輪だけなんて初めて見

ました」私は息せき切って夫に知らせる。

 裏の駐車場に植えた一本の梅の木は、日当たりを独占して、

30数年間伸び放題に伸びていた。

その中の一本の枝に、たった一輪だけぱぁーっと咲き誇る花を見たのだった。

驚きと感動しきりだ。退院後迎えた初春だった。

あまりの嬉しさに、東京に住む娘に電話をした。

「すごいね、カメラにおさめといてよ」娘の要望だったが、シャッターチャンスはなかった。

初夏には、枝もたわわに実った梅で、”梅エキス”を作り五個の小瓶に詰めた。

生い茂った枝の中には、数本の枯れ枝を見た。

「ごめん、窮屈だったのね」

早速私は、のこぎりと剪定ばさみを準備して枝を切り始めた。

年寄りの作業なので丸一日かかった。薪用にと小枝を切り束ねると10把もあった。

 さて、今年は絶対に一輪咲きの花を見届けようとと思ったのだったが、

切り詰められた枝には昨年みたいな大きな花はなく、小さいのが寄り添うように咲いていた。

まるで、私の術後のわが身をいたわるようにして。。。

私は、いとおしい気持ちで今年の梅の花を見仰いだ。


ひっそりと 寄り添い咲ける梅の花 すっぽりつつむ春の陽光


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まず最初に・・・

2007/02/26 18:03
平成17年秋、私は脳腫瘍の手術を一ノ宮病院で受けました。主治医はM先生でした。
手術と聞いただけでおろおろと心配する私に主治医は「心配しなくていいですよ。安心して任せてください。」と、優しく励ましてくださいました。
でも不安は募るばかり。
 その時、ふと、亡き姑の言葉を思い出しました。
姑の口癖は「あんなぁ、我が家の女は77歳で他界するよ」でした。そして、その姑も77歳で他界したのです。
本当にそうなのだろうか?私は不安でたまりませんでした。
 発覚した脳腫瘍は、くしくも私が77歳の秋です。
でも私は信じないことにしました。それは初代も二代目の姑も子供に縁がなかったから。
私は三人の子に恵まれている。だからそう簡単に死ねるものか。絶対死なないぞ。」そう思うことにしたのです。一人の吾が子に三年ずつ長生きしてやるとして、九年は生きねばなりません。五年だとすれば15年。92歳までは死ぬわけにはいきません。
生きるんだ、死ぬものかと、心に誓いました。
そして私はそんなことまで主治医に話しました。
「大丈夫だよ、心配しなくていいですよ。」
 私は暢気にできているのか、主治医を信じ手術を受けることにしました。
なるようになれ、ケセラセラの心境でした。そして手術を受けました。

でも、私の手術は大変だったらしいのです。10時間くらいかかるでしょう、主治医は家族にそう説明していたのですが、10時間を過ぎても終わりを告げに来なかったので、待っている身内の者はうろたえました。
 午前二時。手術は14時間かかって終了。しかし、主治医からの説明は、手術は一応成功したが、術後出血が止まらなかったり、水がたまったりすると再手術となり、予断は許されません。」の言葉に家族は青くなったそうです。私も長時間の手術に身体が震えていて容態も芳しくなかったと聞きます。
とにかく今夜が山だろうと、夫や娘は病院の近くに宿を探し一泊しました。近くに住む妹は明日は葬式になるかもしれない、家の中を片付けなくてはと考えていたとか。
どれだけみんなに心配をかけたのでしょう。

そして私は、しきりにうわごとを言っていたらしいのです。
娘の手を私にしっかり紐でゆわえてほしい、東京に帰らないように!
また病室の壁いっぱいに「帰ったら駄目」と紙に書いて張りめぐらせてやる、と言っていたとか。

笑い話のように語ってくれる一ヵ月後の彼らの言葉に胸がじーんときました。
術後の経過は順調で主治医も家族も目を見張るばかりでした。
私自身回復力の凄さと生命力に驚きました。それは神様から授かったのか、それとも主治医にいただいたのか、生かされたことへの感謝は尽きません。よし、この幸せを楯にもう一度ペンを握ってみよう。折々の心、投稿したものなどを拾いまとめ、「我が心の記」を出版しよう。
そう思いながら、私は喜びで胸がいっぱいになりました。

振り向けば人恋うごとく春の風 肩にやさしく花びら置きつ
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26時間鈍行列車の旅

2007/02/25 19:29
つま立ちてカメラにおさまるわれのため 孫は少し腰をおとせり

 深夜、電話のベルが鳴りあわてて受話器をとりました。
「おばあちゃん、駅に着いた。終電車なんだ。迎えに来て欲しい。」
東京に住む孫からでした。我が里はローカル線なので、孫が着いた駅までの距離は20キロもあります。結局孫が我が家に着いたのは午前一時過ぎでした。。
 孫は旅の疲れも感じないのか、「東京からたったの三千円で着いたんだよ」私はびっくりしてしまいました。「なぜ」「どうして」矢継ぎ早に問いかけながら、よからぬ思いがよぎります。でも孫の表情は明るいのです。
 切符を見せてもらって納得しました。「青春18切符」で一万一千五百円。三回利用でき、一回で二千三百円の乗車賃だそうです。もちろん普通乗車券の限定だから、我が家に着くまで二十六時間かかったようです。
 「鈍行だから景色をゆっくり楽しめたよ。何にも作ってない田んぼもたくさんあり驚いたよ。黒いゴミ袋を使っているところもあったよ」など、色々見たものを語っていました。
二三日後、ローカル線の旅を楽しみにまた帰路に着きました。ゆっくりすればいいのにと言う私に、孫は計画通りに動かないとロスが多くなるんだよ。と言って午前四時に出発です。私は眠い目をこすりながら、百八十センチの孫を見上げ見送りました。若さって素晴らしいと思いつつ。

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